この話の皮肉なところは,1992年に,アメリカの証券規制当局が各企業に経営幹部の報酬と役得をこと細かに開示するようはじめて義務づけたことだ。報酬が公開されれば,理事会も幹部に法外な給料や手当を出しづらくなるだろうとの狙いがあった。これまでどんな規制も法律も株主の圧力も抑えられなかった幹部の給与増加がこれで止まるのではと期待された。たしかに増加を喰いとめる必要があった。1976年,平均的な最高経営責任者の給与は,平均的な従業員の36倍だった。それが1993年には,131倍にもなっていたのだ。
ところがどうだろう。幹部の報酬が一般に公表されるようになると,マスコミが定期的に最高経営責任者の報酬ランキング特集を組むようになった。公になったことで幹部の報酬が抑えられるどころか,アメリカの最高経営責任者たちは自分の収入をよその最高経営責任者の収入と比べるようになり,その結果,幹部の報酬はうなぎのぼりに上昇した。この傾向を助長したのは報酬コンサルティング会社で(投資家のウォーレン・バフェットに,“少しあげて,もう少しあげて,よしそこだ”という辛辣なあだ名をつけられた),顧客である最高経営責任者たちに,法外な給与を要求するよう助言した。そしてどうなったか。いまや,平均的な最高経営責任者の給与は,平均的な従業員の369倍,報酬を開示する以前の3倍の額になっている。
ダン・アリエリー 熊谷淳子(訳) (2008). 予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 Pp.43-44.
PR