科学者は長い間,人間行動の根源には,快楽を求めることと,苦痛を避けることがあると考えてきた。この2つはたいてい,どちらかがわずかに優位になっている。苦痛を避けることより快楽を求めることの方が少しだけ強い,あるいはその逆といった具合だ。競争のプレッシャーにさらされると,このバランスがさらにどちらか一方に傾くことがある。競争の開始前や,競争中の決定的瞬間に近づくまでは,快楽を求めることが多い。だが決定的瞬間が近づくと,得ることよりも失わないことに意識が向き始める。
この快楽と苦痛についての学術的探求には長い歴史がある。多くの研究者が,さまざまな用語を使ってこの心理的状態を表そうとしてきた。1935年,心理学者のクルト・レヴィンは人間の動機づけには接近と回避の感情が関連していると主張した。1950年代中ごろには,ジョン・W・アトキンソンが動機づけの傾向を「成功志向」と「失敗回避」に分類し,成功の動機を持つ人は成功のチャンスを高めるためにリスクを選択する傾向が,失敗回避の動機を持つ人はこれらのリスクを選択しない傾向があるとした。1990年代後半には,ニューヨークの2人の研究者がこの概念を展開させた。そのうちの1人,ロチェスター大学のアンドリュー・エリオットは,接近・回避の概念をパフォーマンスや競争に適用した。一方コロンビア大学のE・トーリー・ヒギンズは「獲得型志向」と「防御型志向」という用語を使った。また,この2つの心理的衝動は根本的に異なるため,脳がそれを扱うには,2つの神経系が必要だと結論づけた。
ポー・ブロンソン7アシュリー・メリーマン 小島 修(訳) (2014). 競争の科学:賢く戦い,結果を出す 実務教育出版 pp.192-193
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