価値の尺度が劇的に変化する現代,前提としていたはずの目的が,一瞬でひっくり返ってしまうことは珍しくありません。そうしたなかで,いかに新たな価値の軸をつくり出していくことができるか。あるいは新しい価値が生まれてきたとき,どう評価していくのか。それを考えるには,目的遂行的な知だけでは駄目です。価値の軸を多元的に捉える視座を持った知でないといけない。そしてこれが,主として文系の知なのだと思います。
なぜならば,新しい価値の軸を生んでいくためには,現存の価値の軸,つまり皆が自明だと思っているものを疑い,反省し,批判を行い,違う価値の軸の可能性を見つける必要があるからです。経済成長や新成長戦略といった自明化している目的と価値を疑い,そういった自明性から飛び出す視点がなければ,新しい創造性は出てきません。ここには文系的な知が絶対に必要ですから,理系的な知は役に立ち,文系的なそれは役に立たないけれども価値があるという議論は間違っていると,私は思います。主に理系的な知は短く役に立つことが多く,文系的な知はむしろ長く役に立つことが多いのです。
吉見俊哉 (2016). 「文系学部廃止」の衝撃 集英社 pp.75
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