そしてジェームズとヴントは,実験のやり方もまったくちがっていた。ヴントはみずからが綿密に準備した実験を,大人数の学生を集めておこなった。そして実験に先立って,集めた学生たちを整列させ,列に沿って歩きながら1人1人にこれからおこなう実験の注意書きを手渡した。実験が終了するとまるで審判員か陪審員のように振る舞い,彼の理論を裏づけない結果を報告した学生は,落第の憂き目に遭いかねない雰囲気があった。かたやジェームズは自分の考えを押しつけるのを嫌い,学生たちに自由に考えることを奨励し,同僚の教授から「学生にまでいい顔をしたがる」と,非難されたこともあった。
この2人の偉大な学者は,たがいに敵意を隠そうとしなかった。論文に詩的な表現を取り入れたジェームズは「心理学の論文を小説家のように書く」と評され,かたや彼の弟ヘンリーが「小説を心理学者のように書く」と評されることもあった。だがヴントは彼を認めようとせず,ジェームズの論文について「文章はきれいだが,あれは心理学ではない」と語っている。そしてジェームズのほうも,ヴントが論文を書くたびに自説を変える点を,こう嘆いている。「残念ながら,彼に負け戦はない……ミミズのようなもので,切っても切っても切れ端がそれぞれ動き出す……息の根を止めることはできないのだ」
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2013). その科学があなたを変える 文藝春秋 pp.17
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