ハトフィールドとクラークは,女性5人と男性4人に頼んで,大学内で見ず知らずの相手にこう話しかけてもらった。「前からあなたのことが気になっていたんです。とても魅力的な人だと思って。今晩,一緒に寝てくれませんか?」。彼らは相手の反応をチェックシートに記録したあと,じつはこれは社会心理学の実験であり,話しかけたのは純粋に科学的な調査のためだったと被験者に説明した(この部分に対する相手の反応は記録されていない)。『セックスの誘いに対する男女の反応差』と題する論文で,クラークとハトフィールドは男女の反応がどのようにちがうか報告した。男性に声をかけられた男性の場合は,なんと75パーセントが「君のところで,それともぼくのところで?」の項目にチェックが入った。
当然ながらというべきか,ハトフィールドの実験結果は様々な議論を呼んだ。これを見れば社会的強者が,弱者につけ込もうとする事実がひと目でわかると主張する者もいれば,これは「男=軽薄」説を裏づけるゆるぎない証拠だと決めつける者もいた。実験結果はまた,ポップカルチャーの世界に思いがけない影響をあたえた。1998年に,イギリスのジャズバンド,タッチアンドゴーが,ハトフィールドの実験用台本を女性に読み上げさせて,オリジナル曲<今晩一緒に……>に挿入したのだ。この曲はイギリスでシングル盤トップチャートの3位に入り,ユーチューブでは200万回のアクセスを記録した。
この実験成功に気をよくしたハトフィールドは,仲間とともに恋愛心理に関してべつの実験をいくつかおこなった。
その結果,友情も愛情もつきあいが長くなるほど強まることがわかった。理屈からすれば,誰かにつきまとえばつきまとうほど,相手はあなたに好意をもち,やがて愛へと発展する可能性が高まることになる。この理論は,人が身近な相手と結婚することが多い理由や,ゲッツィンガーの学生たちがしだいにブラッグバッグと仲よくなった理由の説明にも使われた。そしてこの理論にしたがってある男性が恋人に700通手紙を出したところ,彼女は郵便配達員と結婚してしまった(というのは冗談)。
細々と続けられた愛に関する研究はしだいに勢いを増し,1970年代なかば以降は,何百人もの学者が人間の心の神秘を探るため,何千件もの実験をおこなった。
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2013). その科学があなたを変える 文藝春秋 pp.62-63
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