フロイトが渡米したころ,ウィリアム・ジェームズは67歳で,深刻な心臓病に悩まされていた。体調がすぐれなかったにもかかわらず,彼はクラーク大学まで出かけて,フロイトの公演を聞いた。彼はその内容に不快感を示した。そしてのちにはフロイトの夢分析を,「危険な方法」であり,偉大な精神分析学者であるフロイト自身が「固定観念に取り憑かれ」,惑わされていると指摘した。
ジェームズとフロイトは,さまざまな点で意見が分かれていた。激しい怒りの原因とその解消法に関わる問題も,その1つである。フロイトは,激しい怒りは暴力的思考が抑圧されるために生じるのであり,安全な代償行動で激情が解放され,浄化(カタルシス)がおこなわれれば解消できると考えた。たとえば,サンドバッグを叩く,叫ぶ,悲鳴を上げる,足を踏みならすなどである。かたやジェームズは,人が怒るのは怒ったかのような行動をするためであり,フロイトのカタルシス療法は,怒りをかえって増大させると考えた。2人のあとに続く心理学者たちは,どちらの説が正しいかを見極めるべく,長年にわたって研究をおこなった。
リチャード・ワイズマン 木村博江(訳) (2013). その科学があなたを変える 文藝春秋 pp.126-127
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