ここまで,異なる薬物が異なる方法でドーパミンを増大させる実態について見てきたが,この情報は,実はそれほど有益ではない。というのは,ドーパミンには,習慣性のある薬物と,報酬が得られても習慣性は持たない薬物が区別できないからだ。脳は,私たち人間が文化に基づいて決めた合法薬剤と非合法薬物の分類など認識しない。私たちがうまく線引きしてきた薬物と食物の境界,そして崇高な危険行為と自己破壊的な危険行為との違いを認識しないことについても同じだ。
さらに,これではまだ複雑さが足りないとでも言うかのように,多くの依存症者は,忠誠心を簡単に翻す。たとえば,ある街でヘロインの供給が止まると,ヘロイン依存者はコカインに依存の対象を切りかえる——この2種類の薬物がもたらす満足感は非常に異なり,関与する報酬系もそれぞれ異なっているにもかかわらず。「共存症」と呼ばれるこの現象は,科学者にとっての謎である。
だから,神経科学者が,脳の神経経路の地図をたどって,それを作りだした行動を特定することができないのは当然なのだ。科学者たちに言えるのは「脳の損傷を示している兆候は,もしかしたら,特定の習慣によって引きおこされたのかもしれない」ということだけ。このことと,脳の神経経路から特定の行動を導き出すこととは大きく異なる話である。
デイミアン・トンプソン 中里京子(訳) (2014). 依存症ビジネス:「廃人」製造社会の真実 ダイヤモンド社 pp. 96-97
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