喃語はどうして,これほど重要なのだろうか。赤ん坊の状態は,つまみやスイッチのたくさんついたオーディオ装置を説明書なしで手に入れてしまった状態に似ている。そんな装置を手に入れたら,とりあえずいろいろなつまみを回したり,スイッチをいじったりして,結果を見るしかない。ハッカー語でいう「フロブ」である。赤ん坊も生まれつき,発声器官を動かしてさまざまな音を出すための命令セットを持っている。喃語を発する赤ん坊は自分の声を聞きながら,どの筋肉をどの方向へどのくらい動かしたら,どんな音が出るかを試している。自力で使用説明書を書いているようなものなのだ。親の発音を真似るためには,この作業が欠かせない。コンピュータ科学者の中には,赤ん坊の喃語にヒントを得て,斬新なロボットを作ろうとしている人もいる。とりあえずいろいろやってみながら,内的ソフトウェアモデルを作りだすロボットである。
スティーブン・ピンカー 1995 言語を生み出す本能(下) 日本放送出版協会 p.58-59
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