理論上,優生学には,よい遺伝形質を積極的に増やそうとする積極的優生学と,悪い遺伝形質を抑えようとする消極的優生学がありうる。しかし,よい遺伝形質を増やすための手段を考えてみても,人間の場合は難しいため,現実に行われたほとんどは消極的優生学であり,その代表例が断種法の制定であった。断種は男性では輸精管,女性では輸卵管を,縛ったり切除する手術を行って生殖を阻止する方法である。アメリカにおける断種手術は,1897年の,シカゴの聖マリー病院の外科医A.J.オクスナーによる報告が,公式には最初のものである。
1902年,インディアナ州の少年院付き外科医H.C.シャープは,メンデルの法則を知らないまま,1890年の国勢調査の数字からアメリカで犯罪者や精神障害者が急増している事実を引きだして,これをたいへん憂慮した。そしてその解決策として,断種の効用を説いた。彼は収容されている犯罪者42人に断種を行ったが,これが実質上の優生学的断種の出発点とみてよい。
米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 34
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