「最近みられる世界的な傾向の1つとして,人類遺伝学は人間を差別するものであるという思想の流行がある」,「この思想の流行の1つの根源は,かつてのナチスによる人類遺伝学の悪用にあるとされているが,ナチス自身が平等と同一を混同したところに悲劇の萌芽があったといえよう」と「人類遺伝学将来計画」は苦言を呈している。60年代末からアメリカやイギリスを中心に,当時相次いで発表されていたIQや性差,攻撃性に関する遺伝決定論に対する激しい批判運動が展開されていた。遺伝決定論は疑似科学としての過去の優生学ないしはナチスの非人道的行為の延長線上に位置づけられ,人類の遺伝学的理解全般に対する警戒感が高まるなかで,批判の矛先は遺伝医療や人類遺伝学にも及んだ。その頃からアメリカやイギリスの科学者や医者たちは,一般に流布した否定的なeugenicsとは違うものとして自分たちの仕事を語るべく,60年代までは気楽に使っていたeugenicsという表現を控えるようになっていった。「人類遺伝学将来計画」の作成に関わった人類遺伝学者たちは,こうした海外の動向を敏感に察知して「優生」という表現を避けたものと思われる。
ただし彼らは「優生」という概念自体を否定していたわけではない。例えば人類遺伝学を衛生行政に反映するための方策として「優生・公害・人口に関する問題に対処する態勢」を挙げ,「優生問題はもとより」,公害・人口問題に遺伝学を反映すべく国および地方自治体の関係諮問委員会への人類遺伝学者の参加を提唱している。また,前述の人口問題審議会最終答申(1971年)で言及された「優生対策」に特にふれ,「人口資質の向上のための方策が提言されたことの意義はきわめて大きい」と評価している。優生保護法については「遺伝性疾患の予防に関するわが国唯一の法律」と形容されていた。
米本昌平・松原洋子・橳島次郎・市野川容孝 (2000). 優生学と人間社会:生命科学の世紀はどこへ向かうのか 講談社 pp. 203-204
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