進化論者は,血のつながりのある近親者と血のつながりのない友人とを,理論の上でしっかりと区別している。近親者たちは同じ遺伝子を高い比率で共有しているので,近親者の繁殖の成功に繋がる行動はすべて,間接的に自分自身の適応度を高めることになる。進化生物学者は,これを包括適応度という専門用語で説明している——簡単に言えば,個体が自分の遺伝子を残すことに成功する度合いのことだ。要するに,私が息子の繁殖成功に対して貢献をすれば,それは自分自身のためにもなるわけだ。この包括適応度という考え方によって,ヨーロッパ旅行中,どうして私が元妻(息子の母親ではない)に比べて,息子のティーンエイジャー特有の不満に対してずっと寛容だったかを説明できるだろう。
一方,友人同士の助け合いは,一般的には互恵的利他行動という言葉で説明される。これは相手が自分のために何かしてくれる限り続く助け合いのことだ。互恵的利他行動は大きな効力をもつルールである——集団のメンバーに1人では不可能なことを成し遂げさせ,状況が厳しいときには,それがあるかないかで生死が分かれることもある。だが,これには包括適応度とは少しばかり違った計算方法が適用される。包括適応度の考え方によれば,私が息子に何かを与えるたびに,自分自身の遺伝子にも何かを与えていることになり,しかも,このつながりは常に存在する。でも,血のつながりのない友人のリッチの場合,これは当てはまらない。だからもし彼と私が,不運なヨーロッパ旅行のときのように,相互の関係から利益が得られなくなってしまうと,結びつきが脅かされることもある。
ダグラス・ケンリック 山形浩生・森本正史(訳) (2014). 野蛮な進化心理学 白揚社 pp. 133-134
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