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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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最初の記憶は痛い

 モスクワの教育学者ブロンスキーの研究は,精神分析による記憶喪失の説明に対して直接反応したもので,その研究結果はほとんど精神分析とは反対だった。ブロンスキーは学生たちからいちばん古い記憶を190集め,それとは別に,12歳前後の子どもからいちばん古い記憶を83集めた。子どものほうが,20歳から30歳の学生より,いちばん古い記憶の時期が早かった。3歳以前の出来事は10歳までにすべて消えたらしく,3歳から4歳の出来事は次の10年間に消えたようだった。ブロンスキーをとくに驚かせたのは,脅威を感じるような状況を思い出す率が高かったことである。もっとも強力な「記憶補助要素」は,ブロンスキーによれば,恐怖とかショックだった。最初の記憶の約4分の3は恐ろしい体験と密接に関係していた。たとえば,置いてきぼりを食った,人ごみの市場で母親とはぐれた,森のなかで道に迷った,いきなり大きな犬に出くわした,急に嵐が起こったときに1人で留守番をしていた,などだ。次に強力な記憶補助要素は痛みで,ベッドから落ちた,扁桃腺を切った,やけどした,犬に噛まれた,などだった(ちなみに,これまでの研究で挙げられている事故をみると,それがいつの時代の研究であるかがわかる。19世紀には,子どもは乳母の腕から落ちている。半世紀経つと,ブランコから落ち,最近ではジャングルジムからの転落が記憶されている。未来の研究者はこれを20世紀後半の典型的な家庭内事故と考えるに違いない)。ブロンスキーはいちばん古い思い出を手がかりに,子どもは恐怖,ショック,痛みの原因となる状況をいちばんよく覚えていることを示した。多くの成人は,犬や嵐に対する自分たちの恐怖の原因はいちばん古い記憶にあると考えていた。つまり,幼いときに経験した強いショックが,あまり強くはないが慢性的な不安に形を変えたというわけだ。
 ブロンスキーによれば,こうした発見はフロイトの記憶喪失の概念とは真っ向から対立し,むしろ,人間の記憶は自己保存を助けるという進化論を裏づける。将来,痛く,危険で,警戒を要する状況を回避するために,それらを覚えておかねばならないのだ。だから,それらを無意識のなかに押し込めて記憶喪失の闇のなかに紛れ込ませることはありえない。それどころか,それらは記憶されているいちばん古い映像のなかにしばしば現れているし,その映像には象徴的なところはほとんどない。つまり,いま犬が恐いことと,4歳のときに飛びかかってきた犬の回想とを結びつけるのに,精神分析的説明など不要なのだ。最初の思い出はたいてい不愉快きわまりないもので,とても隠蔽記憶とは考えられない。

ダウエ・ドラーイスマ 鈴木晶(訳) (2009). なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか 講談社 Pp.35-36
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