では,ここで,本性の最初に提起した疑問に立ち返ろう。なぜ,赤ん坊はしゃべりながら生まれてこないのか。答は部分的にはすでに出ている。赤ん坊は,発声器官をうまく動かすために自分の声を聞く必要があり,言語共同体に共通の音素,単語,句順を知るために年長者の話すのを聞く必要がある。文の獲得は単語の獲得に,単語の獲得は音素の獲得に依存するから,言語発達は順序を踏んで進行する。しかし,心的機構の実態がどんなものであれ,これだけのことができるほど強力なら,数週間か数ヶ月のインプットがあるだけで十分ではなかろうか。なぜ,3年もかかるのだろう。もっと早くならないものか。
おそらく,早くはならない。複雑な機械を組み立てるには時間がかかるものだが,人間の赤ん坊は,脳の組み立てが完成する前に子宮から追い出されている可能性が高い。人間は,あきれるほど大きな大きな頭を持った動物だ。頭は女性の骨盤を通り抜けなければならないが,通路の広さには限りがある。他の霊長類が寿命の何パーセントを胎内で過ごすかということから,人間の場合を比定すると,18ヶ月で生まれていい計算になる。赤ん坊が単語をつなぎはじめる時期ではないか。18ヶ月も胎内にいたとしたら,しゃべりながら生まれてきたかもしれないのだ!
スティーブン・ピンカー (1995). 言語を生み出す本能(下) 日本放送出版協会 p.92
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