この手の記憶の混乱はいちばん古い記憶にはよくあることで,その点でいえば,そのあとの記憶についても同様である。だが聞いた話と回想との混乱は,自伝的記憶の形成に必要だとネルソンが主張する,ある一要因に光を当てている。いちばん古い思い出と,しだいに減少する幼児期健忘は,言語能力の発達と合致する。語彙は急速に増大する。子どもは文法的なつながりを理解し,それを使うようになる。過去形の動詞はすでに起きたことを表すということを学ぶ。過去の出来事を話す能力には反復と同じ効果がある。つまり出来事を思い出す機会が増える。また,それはつねに他人に話すという形をとるとはかぎらない。ネルソンは「クリブ・トーク」,すなわち,よちよち歩きの幼児が眠りに入る前に発する無意味な声の研究で,彼らは自分の経験を自分に話して聞かせたがることに気がついた。言語の発達とともに,一部は発達の結果として,ほかの抽象能力の成熟も助けられる。子どもは経験をカテゴリー別に並べ,特定の出来事ではなく,似たような経験に関する記憶を形成していく。
このような自伝的記憶の発達には二面性がある。多くの思い出と特定の出来事は決まった型にはめ込まれるようになる。3歳の誕生日に生まれてはじめて動物園に連れて行かれた幼児は,しばらくのあいだその記憶を鮮やかに保つだろう。だが数カ月後,今度は祖父母と動物園に行き,さらにずっとあとになって3度目に学校の遠足で行ったとすると,別々の時期に行ったという記憶が「動物園に行く」という一般的な印象に統合されてしまう。このように,より抽象的な体系は記憶を消し去る効果がある。この点で,幼児期の自伝的記憶はそれ以降の自伝的記憶とまったく同じように作用する。たとえばブルターニュ地方での休暇が,小さな港,湾,崖の散歩道,縞柄のセーターなどからなる一般的な印象に,いつのまにか変わっていく。だが一方,同様のプロセスは正反対なことを思い起こさせもする。貯蔵されるのはむしろ逸脱したもの,例外的なもの,驚かされるものである。この説明の重要な点は,私たちのいちばん古い記憶は,反復と決まった型が背景になければならないが,これは3歳以前には起こらないということである。
ダウエ・ドラーイスマ 鈴木晶(訳) (2009). なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか 講談社 Pp.40-41
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