でも,それだけではないようにも思う。自業自得説の根強さには,私たちの認知バイアスが影響しているのではないだろうか。認知バイアスとは,人間が物事を見る際に無意識のうちに抱く特有の先入観で,いわば「脳のクセ」のようなものだ。
そのバイアスとは,社会心理学で「公正世界仮説」(just-world hypothesis)と呼ばれるものだ(Lerner, 1980)。その名のとおり,世界は(不当な不運に見舞われたりすることのない)公正な場所だとする私たちの信念を指す。世界が公正なものであれば,失敗も成功も本人が自ら招いたものだということになる。努力した者は報われ努力しない者は報われない。あるいは,よいことをした者にはよいことが起き,わるいことをした者にはわるいことが起こるということだ。この信念のおかげで,私たちは努力や善行が無意味なものではないと信じて,それらを実践することができる。でも,この世には不運な事故や災害,不当な行為による被害など,公正世界仮説を脅かすような出来事や事態がしばしば生じる。そんなとき私たちはどうするか。あまり楽しい話ではないが,公正世界仮説が脅威にさらされた場合,人は往々にして被害者の人格を傷つけたり非難したりすることで信念の維持を図る傾向があるというのである。たしかに,週刊誌や匿名掲示板などでは凶悪犯罪の被害者や不慮の事故の犠牲者をことさらに貶めるような報道や投稿がどこからともなくわいてくる。また,地震と津波の被災者に追い打ちをかけるような言葉や行為を私たちはたくさん目にしてきた(もちろんそうでないもののほうがずっと多かったことは銘記しなければならないが)。
吉川浩満 (2014). 理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ 朝日出版社 pp.67-68
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