翌日には,ヒトラーがなぜあれほど熱狂的な賞賛を受けているのかが,シャイラーにも少しわかりかけてきた。ルイトポルト・ホールで開かれた党会議の開会式を見学したシャイラーは,ナチスがここでやろうとしているのはたんなる「派手なショー」ではなかったと書いている。「そこには神秘的で宗教的な情熱が感じられ,まるでゴシック様式の壮大な教会で行われるイースターやクリスマスのミサのようだった」。色鮮やかな旗がひらめき,音楽を奏でていたバンドは,ヒトラーが威風堂々と入場してくるときにはピタリと静かになったかと思うと,ふいに耳馴染みのいい行進曲を演奏しはじめる。やがて「殉教者」の名前が順に読み上げられた。殉教者とは,あの失敗に終わったビアホール一揆で命を落としたナチ党員たちのことだ。「こうした雰囲気のなかでは,ヒトラーが発する一言一句が,天上から聞こえてくる御言葉のように感じられても不思議ではない」とシャイラーは書いている。「人間の——少なくともドイツ人の批判能力は,こうした瞬間には,どこかへ吹き飛んでしまうのだ」
アンドリュー・ナゴルスキ 北村京子(訳) (2014). ヒトラーランド:ナチの台頭を目撃した人々 作品社 pp.262
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