今日では既視感と呼ばれるようになった体験に,ディケンズは名前をつけなかったが,19世紀後半には20もの呼び名が考案された。フランスの文献では,「誤記憶」,「記憶錯誤」,「誤再認」という語句に現れているように,この体験は記憶の倒錯と結びつけられた。ドイツの医者や精神科医は,「知覚映像」,「二重知覚」,「二重像」という語に示されているように,とくに既視感の複製効果に関心を惹かれたようである。哲学者であり心理学者でもあるエビングハウスは,「かつてその場にいたことがあるという自覚」という語句を提唱したが,受け入れられなかった。1896年以降,科学者たちはフランス人の医師アルノーの見解に同意した。彼はパリ医学的心理学会での講演で,専門用語が説明に先行してはならない,ゆえに中立的な語句が望ましいと主張し,「既視感」という用語を提唱した。結局,この語が広く受け入れられることになったが,この静かな改革に抵抗して,「誤再認」という用語も長い間使われ続けた。
ダウエ・ドラーイスマ 鈴木晶(訳) (2009). なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか 講談社 Pp.191-192
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