この暴君という怪物は,世界中の神話や民間伝承,伝説,悪夢の中に現れる。その性格は基本的にどこも同じである。皆の利益を独り占めにし,なんでも「自分のもの」と貪欲に権利を求める怪物である。暴君がもたらす暴力や破壊は,神話やおとぎ話の中で,暴君のいるところでは必ず起こるものとして描かれている。それは,怪物一家の話や,暴君自身の苦悩する精神(プシケ)の話,または,ほんの少し暴君が友情を示したり手を差し伸べたりするだけで枯れてしまう命の話にすぎない場合もある。または文明そのものの話にまでなることもあるだろう。暴君の大きく膨らんだエゴは,周囲の事柄がうまくいっているように見えても,当人やその住む世界にとっては災いである。そして自ら独立を獲得した大物の暴君は,自ら怯え,恐怖に取り憑かれ,周囲からの予想される攻撃——主に自分が抱えるものに対する抑えられない衝動が投影されただけなのだが——に立ち向かうためにあらゆる手段を講じようと構えるので,心の中では人間らしい意図を持ってひとり満足していても,世界に大惨事をもたらす使者になる。暴君が手をつくところでは,必ず泣き声が起こる(世間に広がる声でなくても,一人ひとりの心の中でもっと悲惨に)。それはここから救ってくれる英雄,光る剣を持つ英雄を求める声である。英雄が起こす風だけで,英雄が地に触れるだけで,英雄がいるだけで,そこに住む人々は解放されるだろう。
ジョーゼフ・キャンベル 倉田真木・斎藤静代・関根光宏(訳) (2015). 千の顔をもつ英雄[新訳版][上] pp.32-33
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