害獣だったネズミが,動物実験のモデル生物として扱われるようになったのは,1902年にウィリアム・キャッスルというハーバード大学の生物学者が,引退したボストンの学校教師から近親交配したネズミを譲り受け,それを動物遺伝学の実験に使ってからだ。ただ,はじめてハツカネズミを実験体として使った研究者は,キャッスルではない。オーストラリアの僧侶グレゴール・メンデルだ。彼は遺伝学に取り組みはじめたときに,ネズミを人工的に繁殖させた。でも,神に仕える者が交合する動物と同居するのはいかがなものかと司教に言われ,庭に生えていたエンドウマメにくら替えしたのだ。実験用のハツカネズミが公式に誕生したのは1909年,キャッスルの教え子クラレンス・リトルが純血種のハツカネズミを作ったときだ。毛の色にちなんでDBA(= Dilute Brown non-Agouti’ アグーチ遺伝子が欠損した薄茶色の毛を持つ実験用ネズミ)と名づけられたこのハツカネズミは,いまも生医学研究で使われている。
ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.281
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