ところが,ハツカネズミの研究者たちは,1999年に『サイエンス』誌に掲載された論文に震撼させられた。この論文は,まったく同じ手順で8系統のハツカネズミを使って行動実験を行った,オレゴン州ポートランド大学,カナダのエドモントン大学,ニューヨーク州アルバニー大学の研究者たちがまとめたものだった。実験に際して,どの研究室も同じところからハツカネズミを入手した。ハツカネズミたちはみんな,同じ日に生まれ,同じエサ,同じ昼夜サイクルの(生活リズムの)なかで育てられ,まったく同じ手順で実験を受けた。しかも,各大学の実験者たちは,ハツカネズミを扱うときにはめる手術用手袋のブランドまで揃えたという。
そこまで動物をまったく同じ扱いにしようと苦労したにもかかわらず,いくつかの実験では,ハツカネズミたちはほかとまったく違う行動をとった。ポートランド大学の研究室のハツカネズミは,コカインを与えると異様に興奮したのに,アルバニー大学とエドモントン大学でコカインを与えられた兄弟ネズミたちは,ほとんど反応を見せなかったのだ。研究者たちは,遺伝子的にまったく同じ動物を研究してもそれぞれの研究室の微妙な違いによって,まったく違う結果が得られかねない,と結論した。わたしは,この論文をファイル棚の「不都合な真実」のなかにしまった。
ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.286-287
PR