人びとが動物の扱いについてどう思っているか本当に知りたいなら,カネの動きを見ればいい。アメリカ人は動物保護団体に対し,年間20億ドルから30億ドルを寄付している。すさまじい金額だと思うだろう?でも,動物を殺すのにかけている金額と比べたら”雀の涙”だ。食肉に1670億ドル,ハンティング用品や機材,旅費に250億ドル,害獣駆除に90億ドル,毛皮衣料に16億ドル,計2026億ドル也。もちろん,自分が知りもしない人間以外の生きものの福祉を拡充しようという動物保護団体に寄付する金額よりは,自分のペットの幸福や健康のために投じる金額のほうがはるかに多い。このことは人間性の根底を流れるいくつかの原理にぴたりと重なる。ひとつは,すっかり定着した進化の法則,すなわち「家族優先」だ。ペットはいまや多くの家庭において家族の一員と考えられているのだ。
もうひとつは,オレゴン大学の認知心理学者ポール・スロヴィックが「心理的麻痺」と呼んでいる現象だ。つまり,悲劇が大きければ大きいほど,人びとはよりその悲劇を気にかけなくなるようなのだ。たとえば,病気の子どもひとりを救うために寄付してもいいと人びとが考える金額は,病気の子ども8人のグループを救うために寄付していいと考える金額の二倍だと言われる。もっとたくさんの人が苦しんでいるとなると,人間の無関心はさらに拡大する。『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムニスト,ニコラス・クリストフが指摘したように,五番街にあるリッチな分譲マンションに巣くった一羽のアカオノスリ(=赤茶けた尾羽を持つ北米産のタカの仲間)が追い払われそうになったとき,ニューヨーク市民の怒りはそれこそ怒髪天を衝くがごときだったのに,スーダンで故郷を追われた200万人の窮状についてはほとんど怒りの声をあげることもなかったおいう事実は,この心理的麻痺の考え方を使って説明できる。スロヴィックは,圧倒的な人数を前に人間が無関心になる現象を「共感の崩壊」と呼んでいる。
ハロルド・ハーツォグ (2011). ぼくらはそれでも肉を食う:人と動物の奇妙な関係 柏書房 pp.316-317
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