ひとたび外からの敵という筋書きが確立されると,教皇や大族長だけでなく,敵と想定されるあらゆる相手方に適用できた。1917年4月に,アメリカがドイツとオーストリア=ハンガリー帝国に対抗する連合国軍に加わり,第一次世界大戦に参戦したとき,戦場ははるか遠いヨーロッパだったが,敵の長い触手がアメリカの中心にまで届いているのではないかという恐怖に国民の多くがとらわれた。
触手を伸ばす敵国に対する国内での対抗策は,ときには恐ろしく,ときには滑稽で,その両方の場合もあった。ドイツ音楽の演奏が禁じられた町もあった。ピッツバーグではベートーヴェンが禁止となった。また,ドイツ人が所有する醸造所への厳しい取締りが行なわれた。コミック・ストリップの『カッツェンジャマー・キッズ』は,ドイツ系と思われる主人公の腕白少年の出身国を設定し直し,二人がほんとうはオランダ人であるとした。
ドイツ語で書かれた本が焼かれる焚書が,国中のいたるところで頻発した。自警団員はドイツ移民を捕らえては拷問にかけ,その財産を破壊した。イリノイ州コリンズヴィルでは,暴徒化した人びとが,ドイツ系アメリカ人の未成年に事実無根のスパイ容疑をかけて集団暴行し,殺害した。被告人側の弁護士は裁判でこの犯罪を「愛国的殺人」と主張し,陪審員はほどなく,殺害に加わった人たちを無罪放免にした。コリンズヴィルの市長は,連邦議会が背信行為防止にもっと力を尽くしてさえいれば,このような出来事は避けられただろうと述べた。
ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.57-58
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