同性愛者に対する懸念はつねに,アメリカ文化の一要素であったが,第二次世界大戦後,この懸念は過熱状態に陥り,歴史家のデイヴィッド・K・ジョンソンが同性愛を象徴する色を冠して「同性愛者(ラヴェンダー)狩り」と呼ぶ時代にアメリカは突入した。性犯罪者に関する懸念が嵩じて,21の州とコロンビア特別区は,戦後10年ほどのうちに「性的精神病質者」を取り締まる法律を導入した。こうした方策は性的暴行から子どもを保護するために推進されたのだが,導入とほぼ時を同じくして,合意のある成人しか関与していない事例にも適用されることになった。一方ワシントンでは,性に対する懸念は冷戦と重なりあっていた。ウォルデックが「ホモセクシャル・インターナショナルが共産党インターナショナルの関連団体のごとき存在になっている」と警鐘を鳴らしたとき,政府当局者らはこれを深刻に受け止めた。今日では性差別防止のための立法を早くから擁護してきた人物としてよく知られる,キャサリン・セント・ジョージ下院議員(ニューヨーク州選出)は,ウォルデックの記事が連邦議会議事録に掲載されるよう取り計らった。中央情報局(CIA)長官のロスコー・ヒレンケッターは,ある下院委員会で,「倒錯者が要職に就くと,政府内政府」を形成すると訴えた。ゲイによるフリーメイソン的友愛について述べたヴィダルの一節に悪意を加味したような言葉で,ヒレンケッターは同性愛の公務員が「ロッジ,すなわち友愛会に所属している」と証言した。「倒錯者の一人がほかの倒錯者を支部に紹介すると,彼らは次々に移動して,多くの場合,その場限りの情事をさらに重ねるために,突き進むのだ」。ゲイやレズビアンは,裏づけとなる根拠がほとんどないにもかかわらず,危険人物と見なされた。
ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.108-109
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