ポップ音楽の制作者のなかには逆再生すると隠されたメッセージが聞こえる音をわざと挿入した人もいたが,そうしたメッセージはたいてい悪魔的ではなく無意味だったり滑稽なものだったりした。たとえば,エレクトリック・ライト・オーケストラの「ファイアー・オン・ハイ」は「音楽は逆方向に再生できるが,時間は逆行できない。逆に回せ,逆に回せ,逆に回せ」という逆再生で聞こえるメッセージで起きるパニックのパロディをつくった。たいていの場合,メッセージとされるものは心が暗示によって雑音にパターンを見つけた結果だった。なにが聞こえるか教えてもらわずに,レッド・ツェッペリンの「天国への階段」を逆回転して聞いても,たぶん奇妙な音以外にはなにも聞こえないだろう。ところが,悪魔的なメッセージが込められていると知ると,「愛するサタン」という言葉が聞こえてくる。そして逆回転した音楽が再生されている状態で,話者の背後にある暗号とされるものを見ていると,「愛する悪魔」だけでなく,「では,私の愛するサタンに乾杯。その小径は私を悲しみに突き落とし,その力たるやサタンそのもの。彼は己とともにある者に666を与える。小さな道具小屋があって,そこで私たちは彼に苦しめられた。悲しきサタン」という,まとまりのない不気味な「ことばのサラダ」を聞いたと思うかもしれない。
ジェシー・ウォーカー 鍛原多惠子(訳) (2015). パラノイア合衆国:陰謀論で読み解く《アメリカ史》 河出書房新社 pp.259-260
PR