以上のことをふまえると,金縛りのときに体脱体験が起きやすいのは,実際に手足が動かない状態で「自分」の感覚だけが明晰になっているからにちがいない。肉体の位置に「自分」を想定しても,肉体は動かないので意味がないのだ。いっそのこと,肉体を抜け出した位置に「自分」を想定しよう。そのほうが自由に動ける気がして何かと便利だ,と「自分」が思うのだろう。そしてそれが,体脱体験として実感されるのだ。
さらに,体脱体験の根源は,非常時のための脳活動にあるとも推測できる。体脱体験は金縛り時だけでなく,交通事故で瀕死の重傷を負ったときや,重大な病気になり病院のベッドで苦しんでいるときにも起きやすい。あれこれ悩んでもしかたがないときに,「自分」という意識を肉体から解放する脳活動が存在しているようだ。これは,もはや原始的な肉体の治癒能力にゆだねるしかないという,脳の高度な状況判断なのかもしれない。
石井幹人 (2016). なぜ疑似科学が社会を動かすのか:ヒトはあやしげな理論に騙されたがる PHP研究所 pp. 37-38
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