ギリシャの四体液説では傷の膿は自然の望ましい清浄化過程であり,医者はそれを人為的に支援するか,あるいは生じさせてやるべきだという考えだった。
アヴィセンナは化膿なき治療をすすめ,不必要な機械的,化学的刺激を避け,強いぶどう酒を用いた温湿布によって化膿を予防した。さらに驚いたことには彼らはロバや水牛の馬具からペニシリウムというカビを取って,これを加工し炎症を起こしたときの手当てに用いた。今日の抗生剤である。今日でもベドウィンの間で普通に見られることは患者の咽喉の中にパンのカビの緑色の粉を吹き込むという。抗生剤の炎症抑制作用の応用に他ならないではないか。
アラビア医学はガレノスの重複の多い論述を見事に整理して1つのシステムに組み立てている。アヴィセンナの養生法,物理療法,薬物療法における貢献ははなはだ大きく,精神医学に対する寄与も大きい。西方ラテン世界では医学がほとんど壊滅状態になっていた時代に古典ギリシャ以来うけつがれた医学を保全した功績はきわめて大きい。
藤倉一郎 (2011). 瀉血の話 近代文藝社 pp.29-30
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