チンパンジーはじつは,訓練者がやっていたと主張したことより,はるかに興味深いことをやっていた。プロジェクトを見学したジェーン・グッドールは,テラスとペティットに,ニムの手振りはすべて,自分が野生のチンパンジーを観察して見慣れているものと同じだ,と感想を述べた。真性のASLは,手の形,動き,位置,動きの方向を単位とする非連続要素の結合体系である。チンパンジーはASLの単語を覚えるより,自分にとってもっとも自然なジェスチャーに頼るほうを選んでいたのだった。人間が動物を訓練する時は,この種の後戻りがよくおきる。B.F.スキナーの弟子で企業家精神に富んだ2人,ケラーとマリアン・ブリランド夫妻は,ネズミやハトを餌で釣って特定の行動をさせるというスキナーの理論を,サーカスの動物の訓練に応用して,ビジネスを成功させた。2人がその間の経験を書いた有名な文章がある。題名は,スキナーの著書『生命体の行動』をもじって,「生命体の誤行動」。2人はいろいろな動物に,ジュークボックスや自動販売機の模型にポーカーチップを入れると餌がもらえる,という訓練をしたことがある。すると,同じ形の訓練をしていても,それぞれの種の本能が滲み出してくる。ヒヨコはチップをつつき,豚は鼻で弾いたり掘る仕草をし,アライグマはチップをこすって洗ったという。
スティーブン・ピンカー (1995). 言語を生み出す本能(下) 日本放送出版協会 p.160.
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