ヒギンソンは,故意に人を欺いていることで環境保護主義者を非難しないように気をつけていた。ヒギンソンの仮説が誤解されたのは,欺いた結果というより,行き過ぎた熱意のせいだった。「世間は,癌が汚染あるいは通常の環境によるものであることを証明できればいいと強く思っている。『あらゆるものを暴露ゼロのレベルまで規制させて欲しい。そうすれば我々はもう癌にならない』と言うのは非常に簡単だろう。この考えは非常に魅力的であるため,この考えに反する大量の事実を圧倒することになる」。この「大量の事実」の中には「汚染された都市ときれいな都市のあいだのがんの発症パターンにほとんど違いがない」という知見もあったとヒギンソンは述べた。「非工業都市であるジュネーブの方がイングランド中央部の汚染された谷にあるバーミンガムより癌が多い理由を誰も説明できない」
これは1979年のことだった。このあと「大量の事実」は着実に増え,今日,指導的立場にある癌研究者のあいだでは,環境中にある微量の合成化学物質(普通の人の血液検査で見つかるもの)が癌の主な原因ではないということで意見が一致している。「職場や地域社会,その他の環境における汚染物質への暴露は,癌による死亡の原因として比較的小さなパーセンテージを占めると考えられる」と米国癌協会は『2006年の癌の事実と数値』の中で述べている。この中で,職場関係の暴露(アルミニウム製錬所の労働者や過去の危険な労働環境下でアスベストを採掘した坑夫が該当する)は飛び抜けて最大の区分であり,すべての癌のおよそ4パーセントの原因となっている。米国癌協会の推定によると,すべての癌のうちの2パーセントだけが「人工の,および自然界に存在する」環境汚染物質(自然界に存在するラドンガスから工場の排気ガス,車の排ガスまでのあらゆるものを含む大きな区分)への暴露の結果である。
ダン・ガードナー 田淵健太(訳) (2009). リスクにあなたは騙される:「恐怖」を操る論理 早川書房 pp.340-341
(Gardner, D. (2008). Risk: The Science and Politics of Fear. Toronto: McClelland & Stewart Inc.)
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