「武士道」という言葉を聞いて,今日多くの人が思い浮かべるのは,新渡戸稲造の著書『武士道』(原題は“Bushido, the Soul of Japan”)であろう。学問的な研究者を除く一般の人々----とりわけ「武士道精神」を好んで口にする評論家,政治家といった人たち----の持つ武士道イメージは,その大きな部分を新渡戸の著書に依っているように思われる。そして実はそのことこそが,今日における武士道概念の混乱を招いている,最も大きな原因の1つなのである。 新渡戸『武士道』が,武士道概念を混乱させているとは,どういうことか。それは一言でいえば,新渡戸の語る武士道精神なるものが,武士の思想とは本質的に何の関係もないということなのである。