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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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トリックの活用

 ジャスパー・マスケリンは一家に伝わる秘密のトリックを活用して,兵士の逃亡のための道具を開発した。巧みな脱出術で一世を風靡した米国の奇術師フーディーニは,飲み込んだ鍵を自由自在に吐き出して使う技を会得していた。しかし兵士は逃亡の道具を飲み込むわけにはいかず,身につけたり,装備のなかに隠したりして,敵の目をあざむかなければならない。


 ジャスパーは人前でも隠し通せるもの,あるいは最初から隠す必要がないものをデザインした。たとえば,一見ふつうのコマンドブーツ。これは靴ひものひも先金具(アグレット)や垂れ金具が,コンパスの針になっていて,ブーツの舌革(靴のひもや留め具の下にある革)に地図を,横革の下にはヤスリと弓のこを隠すことができた。また,コンパスの針一本,地図二枚,27センチの長さの弓のこの刃一枚,そして小さなヤスリを,ヘチマスポンジに防水絹を内張りして作ったサイズ調整用の中敷のなかに収めることもできた。爪ブラシまたは靴磨き用のブラシの柄のなかには,釘ぬき,ヤスリ,弓のこ,ドライバー,ペンチ,スパナ,コンパス,二枚の地図という脱出キット一式が収まった。ジャスパーが作った安全カミソリは,有能なニッパーに簡単に変えることができたし,歯ブラシは歯を磨くだけでなく,地図,コンパス,弓のこを隠すことができた。標準の靴下どめにさえ,カッター,地図,コンパスが仕込まれていた。


 最も実用的だったのは,鋼鉄のチェーンソーの刃に細工をしたもので,これには0.5ミリ刻みの歯がついていた。クロムめっきで仕上げを施せば,普通の認識票(軍人が身分証明のために身につける小判型の金属),時計バンド,キーリング,幸運のお守り,そのほかどんなアクセサリーにでも見せかけることができた。兵士もおとりスパイもこれをおおっぴらに持ち歩いて,木でも鉄でも大きなのこぎりのように,切ることができた。


 ジャスパーの脱出ツールは1万人のイギリス兵に支給されたが,逃亡においてどれだけ重要な役を果たしたのか,正確に測るすべはない。しかしキット一式にしろ,個別のツールにしろ,兵士やスパイが敵と接するあらゆる場面で,逃亡の一助として使われたのはたしかだ。たとえばチェーンソー。これは有名な東ケント連隊のナスバッハー軍曹の命だけでなく,鉄道の客車一輌に乗せられた彼の捕虜仲間も救った。ナスバッハー軍曹は占領下のハンガリーで私服を着ている際に捕らえられ,ぎゅうぎゅう詰めの列車に押しこまれてナチスの強制収容所に送られた。しかし,死の列車が収容所に到着する前に,ナスバッハー軍曹は持っていたチェーンソーで列車の側板を切り抜き,同じ車輌に乗っていた捕虜全員を解放したのだ。



デヴィッド・フィッシャー 金原瑞人・杉田七重(訳) (2011). スエズ運河を消せ:トリックで戦った男たち 柏書房 pp.246-247


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