『グローヴ』紙に載った第4の記事は,遺伝学の研究がときおり迷いこむ危険で,なおかつイカガワしい“結論”の,極端な例といえよう。「うつ病が災いをもたらす?」と題したこの記事は,行動遺伝学者リンカーン・イーヴズが行なった研究の“成果”を報じたものである。もっとも,これは双子の女性1200組を対象にさまざまな研究者が行なった調査の,ほんの一部にすぎない。被験者の双子1200組は,全員,この研究者たちから「うつ病の傾向がある」と判定された人たちだった。イーヴズ博士は世間に向かって,自分は“うつ病が遺伝によって起こるという証拠”を発見した,と吹聴していた。ところが,その肝心の“証拠”は彼の論文には一言も出てこない。
イーヴズ博士は被験者集団にアンケート調査を実施した。「強姦,暴行,職場解雇などの,心に傷が残るような辛い目にあったことがあるかどうか」を尋ねたという。その結果わかったのは,抑うつ状態が慢性的に続いている人はそうでない人よりも辛い経験をしていた,ということだった。この女性たちの抑うつ状態は,むやみに「遺伝性」のものだなどと信じこまぬかぎり,辛い体験に打ちのめされて起きたものだと容易に見当がつく。ところが,この学者は「遺伝」のことしか眼中になかった。それゆえ彼は,かくも奇妙な結論へと突き進んでしまった。「(これら女性たちの)抑うつ的な思考と態度が,本来偶然にしか起きないはずの諸々の不幸を招き寄せた可能性があることが,示唆される。」
あきれてものが言えない!この女性たちは強姦,暴行,職場解雇などの,心に傷が残るような辛い目にあった。そしてどん底に落ち込んだ。経験が辛いものであるほど,精神的な落ち込みは長く続いた。----こうした“データ”からいったいどうしたら「うつ病が災いをもたらす」という解釈が出てくるのか?この“行動遺伝学者”は,フットボール選手が人並み以上によく骨折するのを見て,「人並み以上によく折れる骨が,そうした骨の持ち主をフットボールに駆り立てるのである」という結論を出すのであろうか?
ルース・ハッバード,イライジャ・ウォールド 佐藤雅彦(訳) (2000). 遺伝子万能神話をぶっとばせ 東京書籍 Pp.45-46
PR