読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。
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こうしたでーたをすべて分析した結果は,他の研究者が示したものと類似していた。子供のチェス能力を説明する最大の要因は練習量であり,練習時間が多いほどチェス能力を評価するさまざまな指標のスコアは良くなった。それより影響力は小さいが,もう一つ有意な要因だったのが知能で,IQが高いほどチェス能力は高くなった。意外なことに空間視覚能力は重要な要因ではなく,記憶力や情報処理速度のほうが影響があった。すべてのエビデンスを検討した結果,研究チームはこの年齢の子供の場合,生まれつきの知能(IQ)も影響はするものの,成功を左右する最大の要因は練習であると結論づけた。
とはいえ被験者のうち「エリート」プレーヤーだけに注目すると,まったく違った光景が見えてきた。ここで言うエリートとは,地元や全国,ときには国際レベルの試合に頻繁に出場する23人で(全員男子)で,チェスレーティングの平均は1603,最も高いプレーヤーで1835,最も低いプレーヤーは1390だった。つまりすでにかなりの腕前に達している子供たちだ。大人と子供を含めてチェスの試合に出場する人のレーティングが低い子供でも大人のプレーヤーに十分チェックメイトをかけられるレベルだった。
この23人のエリートプレーヤーについても練習量がチェス能力の最大の決定要因であることに変わりはなかったが,知能は明らかな影響を及ぼしていなかった。エリートグループのIQの平均値は,被験者57人全体の平均値よりも多少高かったが,エリートグループの中ではIQが低いプレーヤーのほうが平均して見るとチェスの能力は高かった。
この事実をじっくり考えてみよう。この若いエリートプレーヤーの間では,IQが高いことはまったく有利に働いていないどころか,むしろ不利に働いているようだった。研究チームはその理由について,IQが低いエリートプレーヤーのほうがたくさん練習する傾向があり,それによってIQが高いエリートプレーヤーよりチェスの腕前が上達したと説明している。
この研究は,過去の研究に見られる明らかな矛盾,すなわち年少のプレーヤーの場合はIQの高さがチェス能力に結びついているにもかかわらず,大人で試合に出場する選手やチェスマスター,グランドマスターの場合はIQとチェス能力に相関が見られないという点についても,きちんと説明をしている。この説明がわれわれにとってきわめて重要なのは,それがチェスプレーヤーのみならず,あらゆる能力の発達に当てはまるからだ。
アンダース・エリクソン ロバート・プール 土方奈美(訳) (2016). 超一流になるのは才能か努力か? 文藝春秋 pp.302-303