読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。
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2000年に起こった貪欲な性犯罪者の事例を考えてみよう。ある中年のアメリカ人男性は幸せな結婚生活を送っており,異常な性的嗜好もなかった。ところがほど一夜にして,売春婦と小児ポルノに興味を抱くようになった。妻がこれに気づき,男性が継娘にちょっかいを出しはじめたため,当局に通報した。男性は児童に対する性的虐待で有罪となり,リハビリを命じられた。ところがリハビリも彼を止められなかった。リハビリ先でも,相変わらずその施設の女性に性的な嫌がらせをしていたのだ。実刑は避けられないように思われた。
彼はしばらく前からしつこい頭痛に悩まされていたのだが,それがいっそうひどくなっていた。判決の数時間前になってようやく病院に行くと,脳スキャンによって大きな腫瘍が発見された。腫瘍を切除すると,振る舞いは正常に戻った。話はこれで終わりかと思いきや,六ヶ月後,彼はまたしても不埒な行動をとりはじめた。再び医師の診察を受けると,最初の手術でとりきれなかった腫瘍の一部が大きくなっていたことがわかった。二度目の手術が完全に成功すると,常軌を逸した性的行動は即座に収まった。結局,男性は実刑を免れた。
腫瘍は極端な例だ。こうした腫瘍のせいで彼の意思決定が極端に変わってしまったのだとすれば,行動の責任を問う者はほとんどいないだろう。だが神経科学者は将来,いまのところは「病気」「疾患」「異常」といった言葉でくくられていないその他の身体的原因を指摘するようになるだろう。彼らは「メアリーの万引きは,彼女の脳内の化学組成とシナプスによって説明できる」などと言うかもしれない。この弁明が,腫瘍を根拠とする弁明よりも理屈として説得力に欠ける理由ははっきりしない。
デイヴィッド・エモンズ 鬼澤忍(訳) (2015). 太った男を殺しますか?「トロリー問題」が教えてくれること 太田出版 pp.213-214