かつての優生学は,ナチス・ドイツが広範囲の人々を大規模に抹殺する“不適者絶滅事業”を実施するにいたって絶頂に達したが,こうしたナチスの蛮行とて,出発点は英国や米国の優生学者が行なっていたことと,なんら変わりがなかった。つまり,「心身障害」という“診断名(レッテル)”を貼られた人々が子孫を残さぬよう,政府が強制的な処置を実施したのである。その強制策は,最初は「断種不妊化手術」にとどまっていたが,そのうちに「慈悲殺」(安楽死)へと発展していった。処分すべき対象も,「心身障害者」だけではすまなくなり,ユダヤ人,同性愛者,ロマ人(ジプシー),東欧占領地のスラブ人,さらにそれ以外のさまざまな「劣等人種」と,際限なく拡張されていった。
ナチス政府は,自分たちの“事業”が気まぐれや思いつきではないことを力説するために,「淘汰と根絶」という言葉を好んで使った。絶滅政策が“科学的”に計画・施行されていることを彼らは誇りにしていたし,いわゆる「死の収容所」でさえ,「淘汰」という進化論的な学術用語をふりまわして「皆殺し」を実行していたのである。
ルース・ハッバード,イライジャ・ウォールド 佐藤雅彦(訳) (2000). 遺伝子万能神話をぶっとばせ 東京書籍 p.71.
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