アミノ酸の一種である「フェニルアラニン」は,人体を構成している多くの種類の蛋白質の成分である。「フェニルケトン尿症」は「フェニルアラニン」の代謝能力が欠けているために起こる。たいていの人は「フェニルアラニン」を「チロシン」という別のアミノ酸に転換するための酵素を体内に蓄えている。ところがこの酵素が適切に働かずに,その結果「フェニルアラニン」が(尿にまで大量に溶け出すほど)体内に過剰蓄積し,脳細胞その他の生体組織に損傷を及ぼす場合がある。それが「フェニルケトン尿症」である。
「フェニルアラニン」の過剰蓄積による組織の損傷を防ぐには,「フェニルケトン尿症」の赤ん坊や子供の食事を注意深く制限して,うかつに各種の蛋白質を摂取しないように気をつけ,正常な代謝や成長が維持できるように「チロシン」その他のアミノ酸を補給する必要がある。この食事療法は身体の成長が止まる時期まで続けなくてはならないが,それ以降はふつうの食事をしてもかまわない。
こうした食事療法を正しく実行すれば「フェニルケトン尿症」の子供でも健康な大人になれるのだが,最近になって予期せぬ事態が出てくるようになった。「フェニルケトン尿症」の女児は,食事療法のおかげで健康な大人に育つようになり,その結果,最近では妊娠の話も聞かれるようになった。彼女たち自身は「フェニルアラニン」の血中濃度が高くても,もう大人だから健康に重大な影響が出ることはない。しかし今度は,彼女らが身籠っている胎児に悪影響が及ぶ恐れが出てきたのだ。こうした事情で,女性患者の場合は出産が済むまで“フェニルアラニン制限食”を続けるように忠告されるようになった。
ルース・ハッバード,イライジャ・ウォールド 佐藤雅彦(訳) (2000). 遺伝子万能神話をぶっとばせ 東京書籍 Pp.281-282
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