実際のところは,犯罪捜査その他の司法鑑定の目的で採取したDNA標本は,指紋と同様に,採取した環境や保存状態によって劣化や汚染をこうむることが,ままある。たとえばDNA標本が,合成洗剤を使って最近洗濯したばかりの衣類や敷物から採取された場合は,繊維にこびりついた洗剤の作用でDNAそのものが科学的な変質をこうむっていることがある。いわゆる「DNA指紋採取法」では,DNA標本から「DNA指紋」を作成する際に,制限酵素を使ってDNA標本を特定の塩基配列部位で切り刻むという手順を踏むのであるが,合成洗剤の作用で変質してしまったDNAは,制限酵素の切断部位も,変質前のDNAとは違ってくる。その結果,このDNAの持ち主の本来の「DNA指紋」とは似ても似つかぬ「DNA指紋」が出来上がってしまうのだ。しかも人体組織や血液の標本は,細菌感染によって簡単に汚染されてしまう。細菌に感染された標本を使えば,「DNA指紋」を作成する際に細菌由来のDNAまで紛れこんでしまうので,鑑定結果はとんでもないものになってしまう。
「DNA指紋」を採取するまでの段階でこれらの問題が起こると,真犯人の本来のものとは異質のDNAを使って鑑定を進めることになるので,真犯人を挙げることは決してできない。これは誤認逮捕の原因になる。しかも「DNA指紋採取法」は,これ以外にも誤認逮捕となる問題を抱えている。それは真犯人ではない者を「真犯人」だと“誤診”してしまう問題だ。
ルース・ハッバード,イライジャ・ウォールド 佐藤雅彦(訳) (2000). 遺伝子万能神話をぶっとばせ 東京書籍 p.363
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