遺伝子を診て将来を鑑定する,という診断方法はいかなるやり方をしても“確実な鑑定”など原理的に不可能なのであるが,こうした技術の普及は一般社会にもっと深刻なイデオロギー的害毒をもたらすことになる。つまり「良い遺伝子」と「悪い遺伝子」という単純な二分法的遺伝観を世間に広め,「良い初期胚」と「悪い初期胚」を選り分けるという優生学の増長に拍車をかけることになる。「遺伝子」であれ「初期胚」であれ,一般社会の人々にとっては「胎児」ほど生々しいものではないし,言葉だけが先行した抽象的で非現実的な存在なので,その差別やら抹殺には心理的な痛みがともなわない。だから子供の未来を気にする親たちは「自分がいま,家族や世界の一員としてどういう子供なら歓迎でき,どういう子供なら抹殺してもかまわないか,という差別的な選り分け作業にたずさわっている」という重大な事実を直視せずに,じつに安易な気持ちで“胚殺し”が実行できるわけだ。
ルース・ハッバード,イライジャ・ウォールド 佐藤雅彦(訳) (2000). 遺伝子万能神話をぶっとばせ 東京書籍 Pp.411-412
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