第一に,ごみ収集人を呼ぶのがそう簡単ではない。収集人のサービスを受ける権利は利用者の側にあり,収集人が黙って通り過ぎたという口論は日常茶飯事で,特に収集の荷車が思わに時間に来たり,週に一回程度しか(もっと少ないことも頻繁にある)来なかったりすると争いが起きた。収集人を呼ぶ際の混乱を失くすために,「依頼カード」――大きく「D」とかいただけの簡単なカード――を使うようになった地区もあった。ゴミを収集してほしければ,このカードを窓に貼るのだ。だが,それでも住民からは,カードが無視されると苦情が出た。また,ごみ収集人の側は,あまり定期的に行き過ぎると――特に1ヵ月分のゴミが入るような大型のごみ入れがある家の場合――「用はない」とぶしつけに断られると不満をこぼした。
覆いのない荷車は,20世紀に入ってからもかなりの間使われたが,これもまた苦情の種だった。灰がひっきりなしに荷車から飛び散り,道路や,近隣の家々や,すれ違う乗り物や,不用心な通行人にかかるからだ。決して新しい問題ではない。1799年に,クリンク・ペイブメント委員会と請負業者が交わした契約には,「荷車に積んだ灰や汚物や粗粒が,飛び散ったり,振り落とされたり,こぼれたりしないように,荷車に覆い,縁,その他の適切な装備を設けるように」と明記されている(効果を見込んだというよりも,希望にすぎなかったと思われる)。実際には,わざわざこのような措置を取った請負業者はほとんどいなかったため,契約から100年がたっても,ロンドン県はなお覆いをつけさせようと試みねばならなかった。
リー・ジャクソン 寺西のぶ子(訳) (2016). 不潔都市ロンドン:ヴィクトリア朝の都市洗浄化大作戦 河出書房新社 pp.18
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