人もまた汚泥で転んだ——「多くが足をくじき,背骨を『ぶつけ』,神経系に『衝撃』を受け」,安全に道路を渡れるところを探すのが,危険な行為となりかねなかった。けれども何よりの問題は衣類への影響だった。汚れないようにと,スカートの下のたっぷりしたペチコートをしとやかにたくし上げるには,かなりの技術と判断力が必要で,たとえとても優雅に,注意深く歩いたとしても,通り過ぎる車に泥をかけられることがある。靴や服の泥を取り除くのは,当時の人々の日課となっていた。女性誌のコラムには,ブラシで泥汚れを払う方法や,布地の適切な取り扱い方,便利な化学薬品についての助言が溢れていた。傷みやすい布地の場合は,理想をいえば,街路で衣服を露出すべきでない。リージェント・ストリートやボンド・ストリートで馬車から降りずに,帽子職人や店員に馬車まで見本を持ってこさせる貴族の女性は,社会的地位を誇示していただけでなく,舗道上の危険から衣服を守っていたのだ。外を歩かねばならない人にとって,解決策のひとつはガロッシュというゴム製のオーバーシューズで,これを履けば「冬場にロンドンの街路をほんの少し歩いただけで泥が跳ねて汚れてしまうブーツではなく,気のきいた履物で,友人宅の応接間に入ることができた」
リー・ジャクソン 寺西のぶ子(訳) (2016). 不潔都市ロンドン:ヴィクトリア朝の都市洗浄化大作戦 河出書房新社 pp.45
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