「馬のない車」が初めてロンドンに現れたのは1896年のことだ。なかには,この機械には血が通っていない——「ニンジンや角砂糖をあげられない」——とか,自動車での移動は「感動のない満足感をもたらす」などと嘆く人もいた。また,軽はずみな予測をする人もいた——「鉄道だって馬を一掃してしまうはずだったが,どうだろう?今じゃ,かつてないほど多くの馬がいるではないか」
確かに,馬はその後も数十年にわたってロンドンの路上にとどまり続けたが,その数はヴィクトリア朝が終わると減少し始めた。特にバスが急速に普及し,たちまち血と肉を有する競争相手をしのぐ人気を得た(「乗客は必ずといってよいほど,速い方の乗り物を選んだ」)。何より確かな兆しとなったのは,1905年にロンドン乗合馬車会社が,乗合馬車の客室部分を自動車の車台に乗せると決断したことだった——やがて馬が使われなくなるのは明らかで,あとは時間の問題だった。
リー・ジャクソン 寺西のぶ子(訳) (2016). 不潔都市ロンドン:ヴィクトリア朝の都市洗浄化大作戦 河出書房新社 pp.66
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