中世ヨーロッパと古代ギリシアの哲学世界との再会は,1031年にイベリア半島で後ウマイア朝が滅亡し,キリスト教勢力による失地回復運動,いわゆるレコンキスタが一挙に進んだ結果として,12世紀初頭にトレドで始まっていく。もともとローマ帝国が崩壊し,西ヨーロッパが他民族による侵略の繰り返しで長い混乱期に入ってから,アリストテレスをはじめ古代ギリシアの知は西洋の記憶からは失われ,むしろ西アジアからイベリア半島に及ぶ広大なイスラム帝国に受け継がれていった。イスラムの知識人は,古代世界からローマ法や哲学,数学や天文学を継承し,発展させていた。その諸都市には,豊かな蔵書を誇る図書館が建設され,学校では古代ギリシアやアラビアの哲学者たちの思想が教えられていた。レコンキスタの結果,ヨーロッパ人たちは,当時のキリスト教世界からすればはるかに進んだイスラム文明を目の当たりにする。19世紀に「西洋」と出会った幕末の日本人にも似て,圧倒的な文明レベルの差を前にした西洋人たちは,この時「イスラム」から学ぶことを開始するのである。
吉見俊哉 (2011). 大学とは何か 岩波書店 pp. 41
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