込み入った茂みのなかに一本の枝がある。なんとか生き残って今なお生存している唯一のヒト科,解剖学的にいうと現生人類につながる枝だ。タッタソールは次のように言う。「人類としてのわれわれの歴史をじっくりと考えるにあたって忘れてはならないのは,われわれは,ゆっくりと途切れることなく一つの方向だけをめざした進展の完全なる結果ではなく,いろいろな枝を広げたこの茂みのなかで単に唯一生き残った小枝にすぎないということだ」。では,込み入ったヒト科の茂みにあった他の枝はどうなってしまったのか?小柄で二足歩行をする霊長類は,おそらく700万〜1000万年にわたって現れては消えていた。なかには,100万年以上勢力をふるったと思われるホモ・エレクトスのように,うまく生き長らえるものもあった。けれども人類の歴史のなかで,あの枝よりもこの枝のほうを主役とすると何者かが指名しているわけではない。なぜ,これほどまでの多様性が過去に存在し,なぜ,それにもかかわらず地球上に現存しているのはただ一種のヒト科だけなのか。これは科学の世界で延々と考え続けられているとても興味深い疑問である。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 29-30
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