ヒト科はオオカミに対して,グルジア共和国と北米とではまったく違う体験をしてきている。これは否定できない。とくに170万年前ドマニシで生きていた「豆粒ほどの脳みそ」のヒト科について言えば,彼らは屈強な狩人ではなかったし,草食動物をめぐって土着のオオカミと競合するわけでもなかった。小さなドマニシ・ホミニド氏がオオカミの獲物から少しばかり失敬していたなどという証拠があるとも思えない。ドマニシの小柄なヒト科は被食者然としてふるまい,相手からもそのように見られていた。オオカミは,170万年前のユーラシアでは,「狩られるヒト」の捕食者だったのだ。その証拠に,今日わずかに残っているオオカミの集団が捕食を試みている。オオカミと人間がともにすみ始めてからの期間が短い北アメリカとは違い,ユーラシアでは双方が作用し合って進化を展開する長い期間があった。そのほとんどで,生殺与奪の権はオオカミの方にあったのだ。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 131
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