人間を捕食するワニ類の逸話の出所は,ほとんどがインド太平洋だ。なかでもとくに身の毛がよだつ話がある。第二次世界大戦中のこと,イギリス軍がビルマを奪回する軍事作戦にでたため,1000人の日本兵が撤退を余儀なくされた。彼らはビルマ本土とラムリー島との間にあるマングローブの沼地に入り,海軍が送り込んでいたはずの避難船を探した。ところが,イギリス軍の封鎖により日本の海軍艦艇は予定の場所に到着できず,兵士たちは一晩その沼地に閉じ込められることになった。そこに,ワニがやってきた。日本兵はワニのあごで押しつぶされるたびに悲鳴をあげた。封鎖の任についていたイギリス部隊の一人がその叫び声を聞き,こう書き残している。「ワニが回転しながらたてる,鈍い感じの噛みつく音が地獄の不協和音を奏でていた(ワニは水中ですばやく回転して獲物を食べられる大きさになるまで砕く)。こんな音が地上で繰り返されたことはめったにない」。日が昇るころには,恐怖の一夜を語れる生存者はわずか20名しかいなかった。生き残った兵の話では,なかには溺れた者もいたし,撃たれた者もいたかもしれないが,仲間の大半はワニに殺されたという。
ドナ・ハート ロバート・W・サスマン 伊藤伸子(訳) (2007). ヒトは食べられて進化した 化学同人 pp. 178-179
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