ハンドアックスに関して最も重要なことは,その製作と使用にあたって,人間は三つの関連した行動をとる必要があったということである。最初に,製作者はハンドアックスに適した石をみきわめ,原石のうえに形状を思い描かねばならない。次にしっかりした台に腰掛け,槌で石をハンドアックスの形状に削らねばならない。最後に,使用者はハンドアックスをかなり遠い獲物めがけて正確に投げるための運動機能を養わねばならない。
石のなかに完成した形を思い描くことは,世界中にホモ・エレクトゥスとその亜種が君臨していた時代に発達した人間の新しい特性である。「彫刻家の技とはそこにすでに存在しているものを明るみに出すことだ」というミケランジェロのことばそのものだ。きわめて興味深いことに,三次元の形を視覚化することは,現代の建築家,彫刻家にも共通した特性である。彼らはしばしば「読字障害」である。文字言語の処理に問題がある学習障害だ。しかし,多くの読字障害者には特別な能力があることもよく知られている。そこにあらわれていない形を見る能力,それが形となってあらわれる前に,現代ならコンピュータグラフィックスによって視覚化される前に,三次元の構造物を視覚化する能力である。のちに述べるが,読字障害は分裂病患者の家系にもよく出現する。このような遺伝子の「異常」がうみだした能力が,人間の歴史において,きわめて積極的な役割をはたしていたのかもしれない。
デイヴィッド・ホロビン 金沢泰子(訳) (2002). 天才と分裂病の進化論 新潮社 pp. 49-50
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