つまり,「倒産確率10%」は,それが人びとに知られたとたん,すでに正確さを欠いてしまうわけである。これは,「倒産確率10%」という告知内容が,自らの表現の内部にある「倒産確率」という概念に外側からフィードバックし,影響を与えるに等しい。「倒産確率」というのは,いわばフィードバック・メカニズムを持っているのである。
したがって,「倒産確率」を当局が公表することは,そのこと自体が倒産確率を変化させるので,つねに嘘を述べることになってしまう。はじめから嘘となるのがわかったうえで公表するのは政治家として勇気のいることだろう。
これは経済現象というのが,さまざまな要素が密接にリンクするかたちで成り立っているものであり,特定の部門だけに固有の言及をすることが難しいことに依存しているのだ。金融機関が予期できぬ破綻をするのは,このような経済現象の相互関連性と心理が確率を左右するメカニズムによるのであって,公表しなかった政治家を,「悪辣な卑怯者」呼ばわりするのは,少しお門違いだといえるのである。
小島寛之 (2005). 使える!確率的思考 筑摩書房 pp. 165-166
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