すべての組織で,その細部とその中での日常生活を規制しているものは,結局,その組織を生み出したその社会の常識である。常識で判断を下していれば,たいていのことは大過ない。常識とは共通の感覚(コモン・センス)であり,感覚であるから,非合理的な面を当然に含む。しかしそれはその社会がもつ非合理性を組織が共有しているがゆえに,合理的でありうる。
しかし輸入された組織は,そうはいかない。その社会の伝統がつちかった共通の感覚は,そこでは逆に通用しなくなる。従って日本軍は,当時の普通の日本人がもっていた常識を一掃することが,入営以後の,最初の重要なカリキュラムになっていた。
だがこの組織は,強打されて崩れ,各人が常識で動き出した瞬間に崩壊してしまうのである。米英軍は,組織が崩れても,その組織の基盤となっている伝統的な常識でこの崩壊をくいとめうる。この点で最も強靭なのはイギリス軍だといわれるが,考えてみれば当然であろう。だが,日本軍は,全くの逆現象を呈して,一挙にこれが崩壊し,各人は逆に解放感を抱き,合理的であったはずの組織のすべてが,すべて不合理に見えてしまう,----そして確かに,常識を基盤にすれば,実際に不合理だったのである。
山本七平 (2004). 日本はなぜ敗れるのか----敗因21ヵ条 角川書店 Pp.284-285
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