イギリスの研究者たちは,彼らの努力をイリノイ州ピオリアでの共同研究に向けた。そこでは,ノーザン・リージョナル・リサーチ・ラボラトリーに新設された発酵部門が,カビの代謝(発酵)の活用についての研究を加速させていた。研究スタッフは経験を持っていたし,カビの収集も行われていた。しかしペニシリンを産生する種類の株は少なく,どれも実を結びそうになかった。そこで,彼らの知り合い全員に,土壌やカビの生えた果物,果実,野菜などのサンプルを送ってくれというメッセージを送った。一人の女性が,青カビを持つサンプルを求めて,ピオリアの市場やパン屋,チーズ店を探し回るために雇われた。彼女はその仕事をよくやった。研究者たちは彼女を「カビのメアリー」と呼んだ。しかし結局は,一人の主婦が持ち込んだカビの生えたカンタロープ[メロンの一種]が歴史を変えた。このカビは,1ミリリットルあたりのペニシリン産出量が250単位にも達した。さらにその変異株のひとつは,1ミリリットルあたり5万単位もの産出量を達成した。今日ペニシリンを産出するすべての株は,この1943年のカビの子孫である。
マーティン・J・ブレイザー 山本太郎(訳) (2015). 失われてゆく,我々の内なる細菌 みすず書房 pp. 67
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