効率的市場仮説に関する経験的証拠とされるものは,それを支持するものにせよ反証するものにせよ,込み入っていて一筋縄ではいかないが,理論的な根拠はシンプルだ。もしもどこかの会社の株が割安だということを示唆する情報があれば,それを最初につかんだ投資家たちがその株を買うことで株価を引き上げるだろう。したがって,歩道に20ドル紙幣が落ちていることはない(じっさいにはほとんど落ちていない)のと同様,よい投資のチャンスというものはない,というのがこの仮説の主張なのである。
さて,この話が神経科学とどう関係するのだろうか? 笑い話をもうひとつ紹介しよう。「すごい実験を考えついたよ!」と,ある科学者が言った。するともうひとりの科学者がこう答えた。「馬鹿なことを言うな。そんな実験があるなら,もう誰かがやっているよ」。このやり取りには真理のかけらが含まれている。科学の世界は,頭のいい働き者であふれている。すごい実験は,歩道に落ちている20ドル紙幣のようなものだ——これほどたくさんの科学者がいるのだから,すごい実験がそうそう残っているわけがないというわけだ。この主張を定式化するために,わたしは《効率的科学仮説》とでもいうべきものを提唱したい。公正で確実な研究方法では,平均的な成果を上回ることはできない,というのがそれだ。
セバスチャン・スン 青木薫(訳) (2015). コネクトーム:脳の配線はどのように「わたし」をつくり出すのか 草思社 pp. 228
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