脳の分割は,長らく科学というよりはむしろ技芸(アート)だった。医者が患者の多種多様な症状からぴたりと病気を言い当てたり,裁判官が多くの判例を整合的に解釈するのと同じく,脳の分割が,シンプルな方式ですっきり片付いたためしはない。脳を領域に切り分ける境界線の中には,明らかに恣意的なものもある。そのような境界線は,歴史的な偶然によって引かれたか,または神経解剖学者たちの誤りによって引かれてしまったのだろう。地球儀や地図帳に引かれた線と同様に,われわれの脳地図もまた,時間が経っても変わらない,客観的な真実を表しているわけではないのだ。新たな領域が作り出されることもあれば,領域を区切る境界線が変わることもある。境界をめぐって意見が対立し,研究者のあいだで辛辣な論争が起こることもある。理想を言えば,そのような論争は,関係者の粘り強い交渉によって平和的に解決されるべきだろう。
セバスチャン・スン 青木薫(訳) (2015). コネクトーム:脳の配線はどのように「わたし」をつくり出すのか 草思社 pp. 292-293
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